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◇心凍らせる 第29話

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-03-25 10:10:00

29

つい先だってまで、自分の持ちうる全ての時間と気持ちを愛しの真知子

ちゃんに注ぎ込み捧げていた夫の知紘の様子がおかしいことに美鈴は

気付いた。

何かの理由があってのことか、ただ単に飽きたからなのか知る術は

ないが、野球以外で外出がなくなった夫。

何かと以前のように話し掛けてくるようになった夫に、美鈴はもはや

何の感慨もおきはしなかった。

今更だ。

もはや、夫の気持ち《自分に向けられる好意》などほしいとは思わない。

いらないのだ……。

現状、夫の分の家事は最小限に留めている。

洗濯はするがアイロンがけはしないし、取れかかったボタンがあっても

知らぬ振り。料理だって最低限のものを食卓にそれらしく並べるだけ。

夫のために貴重な自分の時間を取られるなんて真っ平。

専業主婦とはいえ、独身の頃から手掛けているイラストの仕事も忙しい

ので、なまじ嘘というわけでもなく、手の込んだ料理ができない理由に

『仕事が忙しい』という言い訳はさほど苦しくない。

美鈴の父親は美鈴が知紘と結婚したあと、一年もしないうちに不運にも

事故死してしまい、その後母親は縁あって従兄《正吉》と再婚し、

正吉《まさよし》の暮らす五島列島のうちのひとつ、五島市へと

嫁いでいった。

関西に住む美鈴たちと遠方に住む彼らとは話し合いの上、お互いに

しんどいことは止めようということで、現在通信機器で連絡は取るものの

行き来はしていない。

このような家庭環境にいる美鈴なので、仮にふらっとしばらく旅に出ます

と言い置き家を出ても、知紘は美鈴を探すのに何の手がかりも持ってない

状況だ。

まだ綺羅々にも相談というか、話していないことなのだが、

美鈴は家を出ていくつもりでいる。

あれほど仲良く暮らしていたパートナーから、突然冷たく突き放され

3か月にも亘り自分の存在を無視され続けてきたのだ。

信頼が崩れた以上、この先とても一緒に暮らしていけるものではないし、

何より知紘に対してもう気持ちがないのだ。

いくら考えても、この先妻としてやさしい気持ちを

知紘に向けることはできそうにない。

そして、愛情もない。

だから結論……一緒にいる意味がない。

自分が家を出ていく前にもしも知紘の気持ちが自分に戻ったら、と

考えないこともなかったが、考えるまでもなく知紘が擦り寄ってきそう

な雰囲気が見受けられても彼に対する自分の気持ちが戻ることは
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    79◇その時がきた私たちはこれまでのようにまったりと2人の時間を紡いでいた。いつも会っている時は彼の存在を感じて幸せだった。そして別れ際におでこに軽いタッチのキスを落とされたことは二度三度あったけれど、そこ止まりの付き合いが続いた。そうそれは、まるで学生のような清い付き合い方だった。そのせいか週末会える時は、1週間分のトキメキとドキドキ感が半端なくいつかその日を迎える日がくれば、自分はどうなってしまうのかと不安を感じるほどだっだ。そんな中、いつものように近所回りを散歩して私の畑に差し掛かった時、圭司さんからゴールデンウイークに海外への旅行を誘われた。国内をすっ飛ばしてのいきなりの海外旅行に少し驚いたけれど、うれしかった。3泊4日くらいで行くことになり、私たちはその日を楽しみにお互い仕事や家事を頑張りその日を迎えた。――――――――――― 初めての夜 ―――――――――――旅行先の1泊目はお疲れ様タイムということで嘘のようだけど、友だち関係のように長年連れ添った夫婦のように疲れをとるため、お休みのキスだけをして静かに 就寝した。そして翌日はクイーンズタウンで観光を楽しみ、早めにホテルに戻った。今宵こそは私たちにとっての初めての夜で暗黙のうちに迎えた瞬間、その時はきた。          ◇ ◇ ◇ ◇先にベッドに入っていた圭司さんからシャワーを終えたばかりの私は『おいで』と手招きされる。私はドキドキしながら彼の横に滑り込む。彼がすぐに手を握ってくれた。「こっち向いて」「何か恥ずかしい」そんな言葉を口にしつつも私は言う通り彼の方を向いた。するとゆっくりと彼の口付けが私の唇に落とされた。それは軽くそして深く、互いの唇が重ねられていく。彼が私を見て微笑んでくれ、このタイミングを逃さず私は自分の切なる望みを口にした。「私、あなたを抱きたい《肌を合わせたい》全身全霊で」

  • 『輝く銀河系の彼方から来しトラベラー』ー古のタビ人―   ◇キュンキュンする想い 第78話

    78引き続き、2月も畑を耕す作業は続いた。そして今日も、私は相変わらず彼が耕運機で再度作業している横で、チマチマと畑の端で雑草抜きをした。今日もこのあと2人で夕飯を摂る。朝のうちに仕込んでおいた炊き込みご飯とお豆腐とネギ、ワカメ入りの味噌汁、さわらの塩焼き、きゅうりとわかめ、おじゃこの酢の物が作業後に待っている。耕運機から降りてきた圭司さんと雑草を一通り抜き終えた私は「「お疲れ様」」と互いに声を掛け合った。しばし、私が空気の冷たさに手をこすっていると、彼が上から大きくて暖かい両手で包み込んでくれた。「えーっ、あったかい。どうして?」恥ずかしさを隠して私は彼に訊いた。「子供のように身も心も純真だからだよって言ったら聞こえはいいけど、心が単に子供なんだよ」「あっ、分かった。幼稚ってこと?」「そういうとこ……」話ながらいつの間にか、私はすっぽりと彼の腕の中にいた。『ずっと、こうしてたいな……』私は何て言えばいいのか分からなくて空を見上げた。「茜色の空がきれい……。とても幸せです」そんなふうな言葉がきれいな夕焼け空に感化され、口をついて出てきた。すると、圭司さんが私の頭の上にそっと顎を乗せて「僕も……」と言ってくれた。その瞬間不思議な感覚に襲われた。宇宙からそのまま地球に向かって、地球上の畑にいる私たち恋人同士をズームインして俯瞰されている気分になる。その視点は私の肉体を超えた存在だと感じる。初めての体験に私は心震えたのだったが、このあともっとすごい感覚を体験することになった。もともと根本さんには好感を持っていたし、自分たちが今生結ばれる縁だと知らされてからどんどん好きになっていったのは確かだけれど、一緒に夕飯を摂っている時にそれは……その感情は突然訪れた。私の心の臓が、もとい、私の心臓が俄かに騒がしくなってきたのだ。根本さんの食事をしている様子を見ているだけで恋しい気持ちが募り、そのあまりの気持ちの強さに私は落ち着きを失くす。彼を抱きしめて……頭も肩もその背中も腕も、全て自分のものにしたいなどという、襲ってしまいたいという欲情に付き動かされることに。こんな怖ろしい初めての自分《私》の感情など知る由もない彼は、いつもの通り紳士的な振る舞いで時をやり過ごし、車で帰って行った。どうしてこうなった

  • 『輝く銀河系の彼方から来しトラベラー』ー古のタビ人―   ◇畑仕事 第77話

    77 年が明けて1月は寒かったので、どちらかの家で過ごすことが多かった。そんな中、ドライブを兼ねてお寺巡りなどもした。そして2月の初旬の土曜日にはウォーキングをして、なまった身体を引き締めようということで、寒い中、その辺を散歩することになった。7~8分歩くと、ちょうど草ぼうぼうになった我が家の畑の側を通ることになる。足を止めて、私は根本さんに言った。「ここ家《うち》の畑なんです。数年前までは母の知り合いに野菜を栽培してもらってたのですが、その方もご高齢で足腰が弱ってきて作れなくなってしまって……。そのあとは若い人の知り合いもいませんでしたし、私もここからすぐに通えるようなところに住んでなくて、その上、そのあと父が亡くなり母親は再婚して遠方へ嫁いで行き、というようになって、結局畑は今のような状況になってしまいました。でも落ちついたら少しずつでも野菜を作ってみたいなぁなんて考えてはいるんですけど、広くはない畑ですがそれでも私一人だとちょっと手に余りそうな感じです」「野菜をもう一度作るための土にするのは手作業だけではできないですからね。家に車で運べる小型の耕運機があるので今度持ってきますよ」この日そんなふうに言ってくれた根本さんは翌週、約束通り畑まで運んでくれてその上、自ら畑をその耕運機で耕してくれた。今年は畑の回復を目指し植え付けをせず、自宅の庭や公園などで拾ってきた落ち葉を梳き込み除草剤は使わずに定期的に耕していけば、雑草の根も繁殖せずに秋には枯れた形になり、土と落ち葉も撹拌《かくはん》されるので来年は良い土壌になるんじゃないかと考えている。ということで、植え付けは来年までのお楽しみだ。何を育てようかなと考えるだけでもあぁ楽し。こうして1月のデートは畑の土壌作りに終始した。そして作業終わりには我が家でのまったりお家ごはんに会話タイム。

  • 『輝く銀河系の彼方から来しトラベラー』ー古のタビ人―   ◇離婚成立 第76話

    76私は翌日早々に離婚届を出しに行った。昨夜、よほど根本さんにもう夫から離婚届を受け取っていて、あとは出す だけであると話そうかと思ったのだが、やはりちゃんと届けを出したあとで 正式に離婚し、何のしがらみもなくなってから伝えた方がいいように気が して、話せていない。できるだけ早く伝えたいという思いから、離婚届を出した後すぐにメールで 伝えようかとも思ったけれど、これってメールで伝えるようなことじゃない ような気がするのよね。それで年内に話すことができればいいのにとうじうじ考えていたら、数日後 に根本さんから『除夜の鐘を聞きに行きましょう』とのお誘いがあり、何と か今年中に報告できそうな予感。大晦日になり、私たちは約束通り近隣のお寺《本能寺》に向かった。歩きながら道々、私は真っ先に 「実は先週夫の所へ行って離婚届を受け取り、月曜日に市役所へ行き、 出してきました」と、離婚が成立したことを話した。 「ちゃんと受理されましたか?」「はい、思ったよりあっけなかったです。 家を出た時は、いつかはっきりと離婚が決まって届けを出す日がきたら、 未練なんてこれっぽっちもなくても、多少感傷的にはなるのかもしれない って思ってました。けど、そういう感傷的になんてちっともならなくて、さっぱりとした気持ちむで役所から帰って来れました。たぶん根本さんのお陰だと思います」「なら、良かった。 じゃあ今からあなたのこと、下の名前で呼ばせてください」「はい」「美鈴さんも僕のことは圭司《けいし》と呼ばないと駄目ですよ」「はいっ、が……頑張ってみます」「うれしいです。あなたにしがらみがなくなって。 これでお天道様に恥じることなく付き合えますからね」「はい……」私は心の中で彼に謝罪した。『ごめんなさい。一度、他の誰かと結ばれてしまった身で』と。これは心の中でずっとこの先も思い続けると思う。だけど、彼に言うつもりはない。 こんなことを言ってしまえば、彼を嫌な気持ちにさせるだけだと思うから。 私が結婚する前に私たち、出会えれば良かったのに。だけど、欲張ってはいけないのかもしれない。 出会えてなかったことを考えてみれば、こんなふうな再会になったとはいえ、 今生で今からでも夫婦になれるような形で出会えたのだから。 しみじみと感傷に浸

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